東京高等裁判所 昭和44年(ネ)418号 判決 1969年11月21日
被告 日興信用金庫
理由
一 第一審原告ら主張の請求原因たる事実は当事者間に争いがないので、第一審被告の相殺の抗弁について判断する。
二 債権者が、債務者の第三債務者に対する債権を差し押えた場合において、第三債務者が差押(仮差押が先行するときは仮差押、以下同じ。)前に取得した債務者に対する債権の弁済期が差押時より後であるが、被差押債権の弁済期より前に到来する関係にあるときは、第三債務者は右両債権の差押後の相殺をもつて差押債権者に対抗することができるが、右両債権の弁済期の前後が逆であるときは、第三債務者は右相殺をもつて差押債権者に対抗できないものと解すべきである。そして、右の場合に、債務者と第三債務者との間に、相対立する債権について、将来差押の申立をうける等の一定の事由の発生した場合には、両債権の弁済期の如何を問わず、ただちに相殺適状を生じる旨の契約および予約完結の意思表示により相殺ができる旨の相殺予約は、前記のとおり相殺をもつて差押債権者に対抗できる場合にかぎつて、差押債権者に対し有効であると解すべきである(昭和三九年一二月二三日最高裁判所大法廷判決・民集一八巻一〇号二二一七頁参照)。
三 不渡手形の債務者が、銀行取引停止処分を免れるため、不渡異議申立とそのための金員の提供とを依頼し、その費用として提供金に相当する金員を支払銀行に預託する契約は、委任契約と解すべきであるから、提供金が所定の事由の発生により支払銀行に返還されたとき委任事務は終了し、支払銀行はこれを預託者に返還すべきものと解すべきである。本件についてみれば、原告平沢所持の手形(その満期は昭和四三年二月二八日)についてされた提供金二五万円、原告林所持の手形(その満期は同年三月二八日)についてされた提供金二五万円は、いずれも、有限会社山崎鉄工所が結局銀行取引停止処分をうけたため、昭和四三年四月二三日社団法人東京銀行協会から被告金庫に返還されたこと当事者間に争いがないから、被告金庫の右訴外会社に対する預託金返還債務の履行期は右同日到来したものというべきである。この点についての原告らの見解は採用することができない。
四 そこで、原告平沢に対する被告金庫の相殺の抗弁について判断する。
(一) 被告金庫が、訴外会社との間の昭和三七年一〇月三一日付取引約定書(乙第一号証)にもとづき、昭和四三年一月三一日(同原告の仮差押より前である。)金二〇〇万円を貸与し、その弁済方法として昭和四三年二月二九日を第一回として以後毎月末日かぎり一〇万円宛月賦で返済し、その最終期を昭和四四年九月三〇日とする旨約したこと、右訴外会社が昭和四三年二月二九日に金一〇万円、同年四月一日金一〇万円の各支払をしたことは、当事者間に争いがない。そうとすれば、次の月賦金の弁済期は昭和四三年四月末日であり、被告金庫の訴外会社に対する預託金二五万円の返還債務の履行期は、三に記載のとおり、これに先き立つ同年四月二三日であるから、二に記載した法理により、被告金庫は、残金一八〇万円はもちろん、金一〇万円についても相殺をもつて差押債権者である原告平沢に対抗しえないものといわなければならない。被告金庫は、第二回の月賦金支払期である昭和四三年三月末日を徒過したことにより、訴外会社は期限の利益を喪失し、残額一九〇万円について弁済期が到来したと主張するが、成立に争いのない乙第一号証の第五条には「貴金庫に対して負担する一切の債務のうちその一でも履行を怠つたとき」は「私の貴金庫に対する一切の債務につき期限の利益を失つたものとされても異議ありません」と記載されており、翌四月一日に被告金庫が異議なく(異議を止めたことの主張・立証はない。)一〇万円を受領しているところからみれば、被告金庫は、右一日の遅滞のため、全債務について期限の利益を失わせたものと認めることはできないから、被告金庫のこの主張は理由がない。
(二) そうとすれば、被告金庫の原告平沢に対する相殺の抗弁は理由がないから、同原告の請求を認容した原判決は相当であつて、被告金庫の控訴は理由がない。
五 つぎに、原告林に対する被告金庫の相殺の抗弁について判断する。
(一) 原告林が本件仮差押をする前である昭和四三年三月二八日に、被告金庫が訴外会社に対し金二五万円を、弁済期同年四月五日、利息日歩二銭五厘、遅延損害金日歩六銭の約で貸し付けたことは、当事者間に争いがない。されば、二の前段に記載した法理により、被告金庫は訴外会社に対する右貸金二五万円の返還を求める債権(弁済期は昭和四三年四月五日)を自働債権として、訴外会社の被告金庫に対する預託金二五万円の返還を求める債権(弁済期は、三に記載したとおり昭和四三年四月二三日)を受働債権として、相殺適状になつた当初の状態において相殺をし、これをもつて差押転付債権者たる同原告に対抗できるものというべく、成立に争いのない乙第四号証によると、被告金庫が相殺適状になつた後である昭和四四年五月一日に訴外会社に対して右相殺の意思表示をしたことが認められ、原告林がその通知をうけたことはその認めるところであるから、右相殺によつて、同原告の請求する債権は消滅に帰したものといわなければならない。預託金返還債権は相殺しえない理なく(昭和四四年六月一二日東京高等裁判所判決・判例時報五六三号八二頁参照)、また右相殺は、相殺権の濫用ともいえないから、この点についての同原告の主張は理由がない。